今日、3Dプリンターの普及とともにさまざまな分野での活用が進んでいる付加製造技術 (Additive manufacturing technology)。都産技研では、この技術を直接的な製品製造手段に応用すべく、バイオリンを作例の一つとした研究に取り組んでいます。
本記事では、3D-CAD(コンピュータによる3次元設計支援ツール)による設計を前提とした「3Dデジタルエンジニアリング」体系の活用例の一つとして、その概要を紹介します。
「3Dプリンターブーム」により、飛躍的に認知度が向上した付加製造技術。あらゆる製品の製造手段への発展が期待されており、これを活用した製品開発の多様化が進んでいます。
このような動向のなか、都産技研では弦楽器の一つであるバイオリンを、3Dプリンターを用いて製作することを発案し、2008年に初期の提唱参考文献1,2、日々発展し続けている「3D デジタルエンジニアリング」の恩恵を受けつつ、本研究を実施してきました。以前のTIRI NEWS参考文献3でご紹介したところ、とくに導入されている設備や技術に関する問い合わせを多数頂戴しました。これに応えるべく、本記事は研究の技術的内容について概説します。
参考文献1)ラピッドプロトタイピングシステムによる弦楽器の作製,日本音響学会講演論文集,(2008), 859.
参考文献2)東京都立産業技術研究センター:弦楽器,弦楽器の製造方法及び弦楽器製造装置,日本国特許 第5632597 号.
参考文献3)東京都立産業技術研究センター:3Dプリンターで実用物をつくれる時代に, TIRI NEWS 2月号, (2019) [PDFファイル/1.06MB]
3Dプリンター製バイオリンは、主要部分がプラスチック製となるため、既存の木工製バイオリンと較べて湿度変化による影響が少なく、素材の均一性が確保されるため同一の品物を何度でも製作できる、などの優位性を有すると考えています。これを実際に製作するにあたり、図1に示す設計・製作・評価プロセスを構築しました。
まず図1 中の(A)では、3DスキャナとしてX 線CTスキャナと光学式3Dデジタイザを用います。これらの装置は、既存の木工製バイオリンを無理に分解することなく、設計データの基となるSTL注1 データ群を採取することができます。
次に(B)では、(A)で採取したSTLデータ群を基に各部寸法の設計変更の利便性を考慮したリバースエンジニアリングを実施し、バイオリンの3D-CADモデルを作成します。
(C)では、CAE注2による構造解析を用いて付加製造バイオリンの設計を最適化します。
(D)では、3 機種の3Dプリンターを使用して楽器の部品群を生成します。生成した部品群には2 次加工を施し、楽器の組み立て作業を実施します。
最後に(E)では、製作過程における条件決定のための表面粗さ測定や質量特性、CAT注3を用いた完成品の変形検査などを実施します。
注1)STL: 3次元形状を表現するデータのファイルフォーマット。
注2)CAE: コンピュータを用いた製品設計における事前検討などのエンジニアリング作業のこと。コンピュータシミュレーションなど。
注3)CAT: コンピュータを用いた検査のこと。寸法、形状検査など。
図1 3Dプリンター製バイオリンの設計・製作・評価プロセス
図2 にバイオリンの3D-CADモデルを示します。
このモデルは、リバースエンジニアリングを経て、各部の設計寸法を3D-CAD内で容易に変更できるように作成しました。
図3 にCAEによる構造解析(コンピュータシミュレーション)の例を示します。
(a)トポロジー最適化を利用した質量削減、(b)弦張力により発生する応力の分布、などに留意しつつ、3Dプリンター製バイオリンの設計の最適化を図りました。
図2 バイオリンの3D-CAD モデル
図3 CAE による構造解析(コンピュータシミュレーション)の例
図4に付加製造バイオリンの制作製作に使用した3Dプリンター(3機種)を示します。
本研究で使用した3Dプリンターは3機種あり、いずれも粉末を原材料として、レーザービーム照射による選択的な焼結・溶融により造形品を生成する方式(粉末床溶融結合方式)を採用しています。
図4 使用した3Dプリンター (3機種)
図5に部品の2次加工と組み立ての様子を示します。
3Dプリンターで生成した部品群は、粉末が原材料であるがゆえにそのままの状態ではザラザラとした手触りの表面を有しています。これらの部品が、実際に手に持って使う道具の一部となることを考慮すれば、その表面を可能な限り研磨して滑らかに仕上げた方が望ましいと考えます。現状では各部品の手触りを一点ずつ確認しながら研磨作業を行い、その後に組み立て作業を行っています。
図5 部品の2次加工と組み立ての様子
図6 に完成した3Dプリンター製バイオリンを示します。
このバイオリンは、一般的な木工製バイオリンと同等の外観形状と質量(500g以下)を確保しており、実際に演奏することもできます。
図6 完成した3Dプリンター製バイオリン
本研究は「3D デジタルエンジニアリング」体系の活用例と、今後のものづくりの方向性のひとつを示しているものと考えています。
すなわち3Dプリンターはその性質上、大量生産よりは特定用途向けの少数ロット製品の製造に向いていることから、例えば、演奏者が本当に欲しい特性の楽器をオーダーメードできる、そんな時代がもう近くに来ているのかもしれません。
なお、本研究の理解の一助となる動画注4をYouTubeで、さらなる詳細を論文参考文献5,6として、それぞれ公開しております。併せての参照をお願いいたします。
今後も都産技研は、刻々と変化する現代社会に適応した研究を実施し、得られた知見を技術情報として発信、公開していきます。
注4)東京都立産業技術研究センター:都産技研 3D プリンターでバイオリン, その設計と製作- Design andfabrication of 3D printed violin -, YouTube 動画,(2018)
https://youtu.be/eOO0zj1Pyxg(外部リンク)
参考文献5) 横山幸雄,紋川亮,木暮尊志,大久保智:付加製造バイオリンの設計と製作(第1 報 プロセスの構築と設計の実施),設計工学 (2021), J-STAGE上で閲覧可能.
https://doi.org/10.14953/jjsde.2020.2896(外部リンク)
参考文献6)横山幸雄,紋川亮,木暮尊志,大久保智:付加製造バイオリンの設計と製作(第2 報 製作と評価の実施),設計工学 (2021), J-STAGE上で閲覧可能.
https://doi.org/10.14953/jjsde.2020.2897(外部リンク)
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事業化支援本部 地域技術支援部
城南支所
主任研究員
横山 幸雄(よこやま ゆきお)
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