株式会社日潤は、二硫化タングステン(WS2)を含む潤滑スプレー「WS2コーティングスプレー」を新たに開発しました。本製品の開発において、都産技研はオーダーメード型技術支援による支援を行っています。開発の経緯や支援の内容について、株式会社日潤 顧問の淺井 芳明 氏、取締役の森 英樹 氏、計測分析技術グループの柳 捷凡 主任研究員に話を聞きました。
株式会社日潤は、日本で初めて二硫化タングステン(WS2)の製造に成功した日本潤滑剤株式会社の事業を継承し、2017年に設立されました。二硫化タングステンはその潤滑性の高さから固体潤滑剤として利用されており、自動車や医療機器、ロボット、プラスチック成形などさまざまな分野で活用されています。
「二硫化タングステンは、大気中で425℃という非常に高い酸化温度域を持ち、油やグリースの使用が困難な高温・高圧・真空などの極限環境でも潤滑剤として機能します。高純度の化学反応化合物のためネガティブな反応生成物を生じないほか、こすり合わせた相手の面(摺動面)に被膜を生成するなどの優れた特徴を有しています」(淺井氏)
株式会社日潤 顧問 淺井 芳明 氏
日本潤滑剤株式会社では、二硫化タングステンを含んだ粉末や固形の潤滑剤に加え、潤滑スプレーの製造販売を行っていました。しかし、既存の潤滑スプレーにはグリースが含まれており、二硫化タングステンの最大の特徴である「極限環境で使用できる」という強みを活かせなかったといいます。
「グリースを使用しているため、乾燥に時間がかかり、噴射した液が垂れてしまう問題も生じていました。また、潤滑剤の粒子が大きく、ノズルが目詰まりする原因になっていたのです」(淺井氏)
さらに、既存の潤滑スプレーには、有機溶剤として塩化メチレンが用いられていました。塩化メチレンは特定化学物質に指定されており、使用可能な場所が制限されています。そこで、事業継承後の株式会社日潤では本製品の生産を中止し、これらの課題を解決した新たな潤滑スプレーの開発を行うことにしました。
「弊社は小さなベンチャー企業ですので、製品開発のために必要な設備も経験も足りていませんでした。都産技研には、日本潤滑剤時代から依頼試験や技術相談でお世話になっていましたので、今回の潤滑スプレー開発についても相談させていただきました」(淺井氏)
安全かつ速乾性があり、二硫化タングステンをさらに高濃度化した潤滑スプレーを開発するという目標のもと、オーダーメード型技術支援を利用した試作開発は2021年にスタートしました。
スプレーの原液を試作するにあたり、有機溶剤には安全性の高いアルコール系のものを採用することにしました。しかし、アルコール系の溶剤は比重が小さく、そのまま混合すると比重の大きい二硫化タングステンは沈殿してしまいます。溶剤内に二硫化タングステンを均一に分散して安定させることが、今回の開発で最も困難なポイントでした。
「なるべく高濃度にしたいという要望でしたので、二硫化タングステンの濃度を高めにし、なおかつ粒子が分散するようにバインダーや分散剤などの配合を調整しながら、試行錯誤を繰り返していきました」(柳)
都産技研 計測分析技術グループ 柳 捷凡 主任研究員
また、ノズルの目詰まりの問題を解消するため、二硫化タングステンの粒度を調整し、平均粒径8マイクロミリメートル以下の微粒子のみを含めるようにしました。こうして、既存の問題点をクリアした原液が完成。これを用いて、ガラスの耐圧容器に液化ガスを充填したスプレーを試作し、安定性試験などが行われました。
「夏場は工場内の温度が高く、液化ガスの取り扱いが難しいといった量産化の課題もありました。その都度、都産技研や取引企業の協力を得ながら、課題を一つ一つ乗り越え、無事開発を完了させることができました」(淺井氏)
1年余りの開発期間を経て、2022年2月に新製品「WS2コーティングスプレー」の販売が開始されました。今回の新製品は、オイルレス・高濃度・高速乾性を実現することにより、従来の潤滑スプレーの課題を解決するだけでなく、「WS2コーティング」の一部代替を目指したものと淺井氏は話します。
「これまで、二硫化タングステンのドライフィルムコーティング(完全乾性塗膜)には専用の装置が必要であり、装置より大きなものは処理できませんでした。スプレータイプのコーティング剤を開発したことにより、設備なしで大型品のコーティングが可能になるほか、被膜が剥がれた箇所も簡単に補修できるようになりました」(淺井氏)
スプレーの特性とコーティングのノウハウを活かし、株式会社日潤では2022年3月からWS2コーティング作業の受託事業を開始。並行して、複合材料の開発にも取り組んでいます。
「二硫化タングステンを配合し、高い自己潤滑性と耐摩耗性を実現した複合材料を開発しています。100℃まで使用できるタイプと、200℃まで使用できるタイプは開発が完了し、現在400℃まで耐えうるタイプが試作段階まで来ました。データの取得のため、引き続き都産技研にお世話になることと思います。今後とも、クリーンな環境の保全、ならびにメンテナンスの省力化などにも着目して、二硫化タングステンの利用技術開発に取り組んでいく所存です」(淺井氏)
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顧問 淺井 芳明 氏
計測分析技術グループ
主任研究員 柳 捷凡
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