都産技研ではデジタル化実証プロジェクトの一環として、「繊維製品等のクレーム解析事例データベースの構築」に取り組みました。蓄積された2,200件以上の事例を一元管理し、所内からオンラインで更新・閲覧を可能にすることにより、技術支援業務の効率化および高度化を図るものです。データベース構築に至る背景や、乗り越えるべき課題、今後の展望などについて、多摩テクノプラザ複合素材技術グループ 池田 紗織 副主任に話を聞きました。
多摩テクノプラザでは、繊維製品に発生した事故についてのクレーム解析試験を実施しています。「洗濯後のタオルが変色した」「クリーニング後の衣類に穴が開いていた」といった事故について、原因調査を目的とした試験依頼を受けるものです。原因特定まで、長いものでは1か月~数か月以上を要するものもあり、過去に起きた事故事例や実施した試験内容をいかに活用するかが早期解決の鍵となります。
「歴代のクレーム解析試験担当者が、過去の依頼試験や機器利用、技術相談の内容をまとめたデータベースがあり、現在2,200件以上の事例データが蓄積されています。新たな依頼や相談を受けた際は、まず過去の類似事例を探し、試験方法やその結果から推定できたことなどを参照して対処方針を検討しています。数十年前の試験事例や文献に助けられることが本当に多いんですよ」(池田)
既存のデータベースはクラウドには対応しておらず、ソフトウェアをインストールしたPCでの閲覧が前提となっていました。また、タイトルや所見といった項目をまたいだ検索ができず、利便性にも課題を抱えていたといいます。
「PCは執務室にあるため、データベースでヒットした事例をプリントアウトして、それを研究室に持ち込んで試験を行っていたんです。さらに事例が必要となったら、また類似事例を検索しに戻らなくてはなりませんでした。また、事例を蓄積する際も、更新履歴が残らず、手動でバックアップが必要となる点に不安を覚えていました。そこで、業務効率化や事故防止などを目的に、データベースの再構築に取り組むこととしました」(池田)
新たにデータベースを構築するにあたり、オンラインマニュアル作成サービスをはじめ、複数のサービスを比較検討しました。選定にあたっては「添付ファイルを含めた全文検索」や「更新履歴の自動保存」といった機能のほか、更新作業が簡単に行えることも重要な条件の一つでした。
「作業の属人化を防ぐため、グループ内の全員がデータベースを操作できるようにしたいと考えました。事例の作成や編集に特別な知識を要したり、わずらわしさを感じたりするようでは、作業自体が敬遠され、最終的に蓄積が行われなくなる可能性があります。ある程度の自由度を持ちつつ、持続的な運用ができることも鑑みて、社内wikiシステムを採用することとしました」(池田)
wikiは、複数の作業者が共同でコンテンツを作成・編集することに特化したシステムです。導入にあたっては、既存のデータベースからデータを移行する必要がありました。テキストや画像データのエクスポート、データの仕分けやリネームなどの移行準備は職員が行い、wikiへの移行作業自体は外部に委託しました。
また、個々人が所有していた手順書もデータベースに移行。古い冊子やセミナー資料などの紙媒体は、スキャンのうえ文字認識が可能なPDFデータに変換することで、内容の検索ができるようになりました。
「古い資料のなかには、試験方法が現状と合っていないものや、出処が不明な画像なども含まれていました。直せるものは手を入れましたが、結果的に内容の総点検にもなりましたね。この作業を経て、クレーム事例だけでなく試験方法や参考文献も1ヵ所に集約することができました」(池田)
図1 クレーム解析試験のデータベース化で得られた成果
こうして2022年度内にシステムの選定から移行までが完了し、新たなクレーム解析事例データベースが導入されました。現在は繊維評価分野の職員で運用が行われています。
新システムはオンライン上での閲覧・編集に対応し、研究員に配布されているスマートフォンからも使用できます。試験中でも手軽に情報を参照できるようになったほか、試験の様子をスマートフォンで撮影し、写真をアップロードして内容を随時更新する、といったことも可能になりました。
図2 トップページ、クレーム事例の検索画面
「若手職員がページを作成し、それにベテラン職員がコメントする、といったOJTを兼ねた業務手法のブラッシュアップも容易になりました。事故事例はとにかく数を溜め込むことが大事です。今回、情報を蓄積する場所を一元化できたので、今後はメンバーたちに活発な利用と更新を促すことが課題と考えています」(池田)
今回、データベースの再構築に至ったもう一つのきっかけに、既存データベースを管理していたベテラン職員の退職があったといいます。
「繊維の評価試験は多種多様で、限られた時間で手法やノウハウを引き継ぐには限界があります。これは私たちのグループや都産技研に限ったことではなく、中小企業でも起こりうる問題でしょう。今回、データの場所を一元化したり、業務標準化を行ったりしたのも、将来の引き継ぎを考えてのこと。今思えば、もう少し早く取り組めばよかったなとも感じています」(池田)
今回の取り組みは都産技研のデジタル化実証プロジェクトの一環として、「2022年度 理事長特別賞」を受賞しました。
「未来の担当者が業務を円滑に進められるしくみ、世の中で必要とされる知見を着実に残していくしくみの構築を評価されたことをうれしく思います。wikiを用いたデータベース化は、部門をまたいだ多くの人数が携わる都産技研の業務においても、十分に力を発揮すると考えています」(池田)
なお、このクレーム解析試験データベースは都産技研の職員が技術支援を行う際に活用するために開発したものです。
試験方法を調べたいお客さまは、当ウェブサイトにクレーム事例や事例ごとの試験方法についてまとめたページを公開しております。ぜひお役立てください。
アーカイブス:繊維製品の非破壊によるクレーム解析試験
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多摩テクノプラザ
複合素材技術グループ
副主任
池田 紗織(いけだ さおり)
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